永六輔さんが好きだ。
「大往生」、「職人」など著作も読んだ。
「上を向いて歩こう」や「こんにちは赤ちゃん」の詞も好きだし、出演しているラジオも機会があれば聴いている。
御歳79歳。病気や怪我とも闘いながら、今なお第一線で活躍している。
一言で表すなら、「まっすぐすぎる頑固ジジイ」。
そんな永さんの奥さん(昌子さん)がガンで亡くなったのが2001年。
それから一年後に出版されたのが本書。
いわゆる闘病記でも美談でもなく、放送作家として事実を事実のままに永さん本人、ご家族、
そして在宅医療を支えたスタッフの姿を描く。
人生の最期を病院でなく自宅で向かえる事の意味、最期を受け入れる事。
様々考えさせられた。
今回は僕の主観を出来るだけ排し、本の中味をご紹介します。
そこから何を感じるかは、読み手次第。
奥さんの言葉(家族との対話)から。
「結婚した時に沢村貞子さんに、『女房は襦袢の襟よ、出すぎちゃいけない、出なくてもおかしい』って言われたの。
…どうだったかな、私は」
「どうして、こんなに優しくされるの?そろそろ先が無いっていうこと?」
「私はガンでなんか死にません。寿命で死にます」
「子どもが娘でよかった。あなたはトイレにはつき合って貰うけど、おむつは娘でなきゃ」
「千絵と麻里に『ありがとう』って言ってね。
私も努力したわ。
四人の孫を平等に可愛がるように。
でも、千絵と麻里の私に対する努力には及ばない」
「お墓に入るのってやだな。出てくるのに疲れそうじゃない」
「言っておくけど、私は天国にいませんよ、草葉の陰ですよ、草葉の陰。
だから、花を絶やさないで、植木鉢には水をやって」
この言葉通り、お墓に入らず、家の棚にお気に入りの陶磁器たちと並んでいるそうです。
ちなみに永さんはお寺の息子。
在宅看護を決めた永さん一家にスタッフから一言。
「看護婦と気があわなかったら、どんどん替えますから」
さらに、昌子さんが亡くなった後、処置を終えて、
「昌子さんをじっと見つめてから深々とお辞儀をなさった」そうです。
命の尊厳に接して接して接しつづけた人たちだからこそ、出来るお辞儀だと思います。
そのお辞儀を見て、遺された娘さんが、
「次のときもお願いします」って。隣で永六輔さん(次の人)は苦笑されたそうです。
その娘さんたちは、
「あなたの奥さんかもしれないけれども、私たちの母ですからね。
母に対してきちんと対応をしてほしい。それを忘れないでほしい」
と永さん(お父さん)に言ったそうです。
完璧な子育てをされたお母さんでした。
ちょっと余談。映画評論家の淀川長冶さんの言葉も紹介されていました。
「自分の誕生日はお母さんに尽くしなさい。お母さんが亡くなっていたらお墓参りに行きなさい。
つまり自分の誕生日に一番大変だったのはあなたじゃない。お母さんだったんだ。
だからお母さんに感謝しなさい」
今年も母の日が近づいてきました。
もうひとつ、淀川長冶さんの逸話を。
淀川さんが入院している時、病院の看護婦さんや医者が病室に入ってくる時、
笑顔でないことが気に入らなかったそうです。そこで、病室のドアに、
「このドアを開ける人は笑顔で開けてください 淀川」
と貼り紙をしたそうです。
笑顔こそ最高の癒し。
最後に永六輔さんの詠んだ俳句。
「看取られるはずを 看取って 寒椿」
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