2017年4月18日 (火)

君を待つ渚 Bass cover

最近YouTubeでオフコースのライブ映像が視聴可能になっている。
以前は削除されてたのに、再アップしたのか公開解除になったのは詳細は不明だが、
いい機会なので便乗してベースでカバーしてみた。

「君を待つ渚」(松尾一彦作曲)、オフコースとしては異色な曲かも知れない。
1980年に発売された「LIVE(LOVE)」に収録。

なんと、セリフ付きで加山雄三氏を彷彿とさせる(実際に松尾一彦は加山氏のファン)。
さすがにコーラスアレンジはオフコースの特色が全面に感じられる。

DVD(1982 6.30)のバージョンでベースカバーしました。

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2017年4月 6日 (木)

1000人ROCK その2

1000人Rock のために、その2。

ベースアンプをクルマ用バッテリーで駆動させる試験。

12Vのクルマ用バッテリーを正弦波インバーターを介して100Vに昇圧。
TC Electronic製のベースアンプ(BG-250)に電源を供給し、音出しチェックしました。

これがその映像。

爆音になるかも知れないので、誰にも迷惑のかからない河川敷でこっそり(?)
サウンドチェック。

この時点で憂慮していたのは、インバーターからのノイズ。
とりあえずこの日は気になるレベルのノイズは感じられなかったので、一安心。

この映像撮影後、15分ほどサウンドチェックをした後にバッテリーの電圧を測ったところ、
13V近くをキープ。
本番は6月なので気温もこの日より高くなると思われ、バッテリーの消費も早いだろう。
リハから本番までの休憩時間中は、バッテリーを日陰に移動して放電を抑えるか、
予備のバッテリーを用意する事も考えようと思う(また出費が・・・)。

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2017年3月24日 (金)

1000人Rock その1

「1000人 Rock」にエントリーしました。

6月3日(土)に群馬県の伊香保グリーン牧場で開催されるロック・フェスティバル。
1000人のバンドマンを集めて、BOØWY(ボウイ)の曲を一斉に演奏しよう、
という壮大なイベント。

地元・群馬の渋川青年会議所が創立50周年記念事業として
イタリアで開催されているイベントをニッポンで開催する野心的な企画。

ちなみにイタリアの本家はこんな感じ。

ゴキゲンですな。
こんなにたくさんのバンドマン、ロック、音楽を愛している奴らが1000人も集まったら。
そう思うと今からゾクゾクする。



当然、屋外でのイベントだから、アンプは各自で用意。
電源は電池(バッテリー)ならOKで、発電機はNG。
お互いが楽しく演奏するにはある程度のルールは必要という事だ。


で、ルールの中で最高に楽しむために色々考えて揃えているのが、これら。
まず、バッテリー。
クルマ用をそのまま購入(3,480円)。
20170324_150646  


次はバッテリー充電器 ( 3,639円)

20170324_150739


そして、秘密兵器・正弦波インバーター (5,854円)


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ここまで12,973円の出費((笑)。

これらを繋いで手持ちの「TC Electronic」のベースアンプを鳴らす。
出力は250W、消費電力は70W。

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バッテリーの容量が5時間率で12V28/Ah。
アンプの消費電力から
70W ÷ 100V = 0.7A となるはず。

アンプが0.7Aづつバッテリー12V28/Ah(12V28/Ah)を消費するなら、
リハから本番までバッテリーは持ってくれるはず。

当然、音出し&充電は後日テスト予定だけど、ダイブジョかね?

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2017年3月 7日 (火)

確定申告に行って来ました

確定申告を済ませました。
と言っても、作成した書類を税務署宛てに郵送しただけですけどね。
郵送の他、税務署や受付会場へ直接行く、e-Taxでネットで済ませる、
の3つの提出方法があります。

ボクは待つのも待たせるのも大キライなので、郵送にしました。
ホントはe-Taxが一番スマートでお金も時間もかからない。
けれど、税務署含めお役所のネットワークを信じてないので、郵送というアナログな方法です。

確定申告については、この時期になると世間では騒がしくなります。
街には周知する看板やポスターが貼られ、新聞でも広告が出る。
税務署の稼ぎ時ですから、公務員さんも大変なのです。

で、ボクはというと確定申告したりする必要なかったりの世界を行ったり来たりしてるので、
確定申告の方法が変わると戸惑う事もあるのです。
今回はマイナンバー。

マイナンバーは義務ではない
所得の申告(確定申告)に際し、マイナンバーの記入が必要になってます。
2017年3月現在、必要であって義務ではないらしい。
この義務ではない、がミソ。

もし、マイナンバーの記入・提出が義務化され、義務を果たさないと罰則に処す、
とかなったらどうなるか。
義務化の対象が個人と法人、団体など日本にいる全ての人、組織まで範囲を広げたらどうなるか。

マイナンバーで一元管理
税金、所得、社会保障が一元管理出来ます。
(そう政府というか制度を作った人たちは仰ってます)
つまり。
何処の誰がどこの会社でいくら稼いで、別の所でナイショのバイト(副業)してても銀行口座を隠していても、
マイナンバーひとつで個人が特定され、副業も隠し口座の残高も正当に(あるいは不正に)受給した社会保障(生活保護、年金など)も、
丸見えです。

2017年3月現在、その運用システムはない。
12桁の数字で日本国民、全員のお金の出し入れを管理出来る、税金を徴収するための素晴らしきマイナンバー。
国民を一元管理する、ジョージ・オーウェルも夢見た世界が実現。

年金番号、住基台帳、そしてマイナンバーの三重管理
あれ、年金番号(基礎年金番号10桁)は?住民基本台帳は?
この二つって国民一人一人に割り当てられているはずだよね?
さらにマイナンバーって事はボクたちは一人で三つもの番号で国に管理されてる?

システム屋としては、スッゲー無駄、と思うのです。
一人に1個でいいじゃん。
それに、年金にしても住基ネットにしてもあれだけ世論を騒がせておいて
何も解決したという話しを聞いてないし、報道もされていない。

マイナンバーの使い方を変えよう
マイナンバーの使い方を変えよう。
銀行口座の開設や会社に就職が決まったら、マイナンバーを提出するのはやめて、
病気になって近所のお医者さんに診てもらう時にマイナンバーを出そう。
全国の医師会をネットワークで結び、過去の病歴から現在服用している薬までを一元管理。

あ、そろそろ花粉症の予防注射しましょうね。
おじいちゃん、この薬はよその病院でも出てるからウチは今回出さないでおくね。
健康診断、去年も受けてないね、予約しておくからどこの病院でもちゃんと受けてね。

年間96兆円の予算のうち、31兆円が社会保障費、医療費に限っても15兆円を超えるこのご時世。
少しでも医療費の歳出(支出)を抑えたい。
その切り札は、マイナンバーだ。
一元管理されたマイナンバーで薬の重複投与をなくし、検診率を上げて重症化する前に予防医療で先手を打つ。

マイナンバー健康維持法の反対勢力
で、この案の反対勢力になり得るのが、当のお医者さん。
国民の医療費が減るって事は医師への診療報酬やら薬局への調剤報酬が減る。
さらには、重症患者が減るので先端医療技術や高い薬の開発も不要になる。
医療・製薬業界も反発必至。


人の病気や怪我で生業を立てている人たちもいるからね。

ムズカシイのですよ、世の中は。

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2017年1月24日 (火)

音が消えた!

 楽器(ベース)を始めたのは15歳の夏。高校の文化祭に向けてバンドに参加した。
 ギター、ドラムは中学時代から楽器の経験者だったし、ボーカルが偶然にも、
抜群に声のデカイ奴だった(ここまで読んでお分かりのようにボクは男子校出身です)。

 

 ボーカル、ギター、ドラムが決まってベースをやる者がいない。話しの流れで楽器未経験のボクがベース担当になった。
 経緯はそんなモン。「ベースに憧れて」とか「低音がカッコ良くて」なんて積極的な理由は
まるでない。消去法でベースを始めて以来、他の楽器に転向する事もなく今日に至る。

 でもね、練習はしましたよ。ギターたちはみんな経験者だから、バンドを始めた時点で
ボクはディスアドバンテージ持ってたから、メンバーに追いつけ追い越せな気持ちで。
 15,6歳の伸びしろ充分な若者(ていうかヒヨッコ)だったから、ボクが上達すれば
メンバーは倍の速さで上達してゆく。しばらく、上達するメンバーの背中を見るバンド活動が続くのでした。


 そんなこんなのバンドでも「ライブ出ようぜ!」の声は自然に出る(ていうか男子校だから目立ってモテたい)。
 少ないツテを頼って探し出したライブは今はなき某所のライブ会場。
 ボクらイナカの高校生たちは背中に楽器を背負って自転車で駅へ、電車で隣の街まで遠征してライブへと向かったのでした。

 リハやって、本番を迎える。ステージで何曲か終えて、一息ついて、さあラスト1曲。
 ドラムのカウントで始まり、イントロ、Aメロ、サビ、ギターソロが終わって2番Aメロに入ったその瞬間にその時は来た。

 音が消えた。

 「え?」何が起きたか分からず、ベースの演奏は止めずに周りのメンバーの様子を見る。
 ドラムはいつも通り、両手両足を動かしビートを刻んでいる(ように見えた)。
 ギターもリフをかき鳴らしている(ように見えた)。
 ボーカルもマイクを握って今にもサビに入ろうとしている(ように見えた)。

 でも、ボクの耳には何も聞こえない。
 聞こえないけど左手はルートを押さえ右手は8ビートのシンプルなフレーズを繰り返す。
 何も聞こえない瞬間。何秒、何小節続いたろう。
 再びいつもの音が聞こえてきた。いつものメンバーの音。
 ボクは再び聞こえ出したメンバーの音に追いつくように弾き出した。いつもの練習のように。

 不思議な気持ちのまま、ステージを終えると高揚した表情でメンバーたちがボクに言った。
 「最後の曲、いつもよりも良かったな。今までで最高の出来だったんじゃないか」
 「そ、そうか・・・?」半信半疑のボク。


 

 説明のつかない不思議な数小節の空白な時間。


 あれから30年経った今でもあの瞬間を求めてベースを弾き続けています。


  

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2016年12月28日 (水)

長時間労働・個人的見解その2

 長時間労働はなぜ起きるか?どうしたら無理、ムダな長時間労働を失くせるか?
 対策を練るには原因・実例を改めて検証してみる。

 ボクが見聞きした残業(長時間労働)の例。
1)会社側が労働者に「残業申請書」を提出させる。
 これは、残業をする際に事前に労働者が上司に「残業申請」なる紙を提出するというもの。
 これにより、労働者に効率的に仕事を進める意識を持たせる、上司は部下がどれだけ残業をしているかを把握出来るというメリットがある。ただし、残業申請をすれば申請分だけの残業は企業が認めた事になり、長時間労働に直結しかねない。
上司がキチンと部下の残業時間と仕事の量・内容を吟味しないと長時間労働の解決にはならない。
 仮に上司が部下の仕事の負荷を残業申請書で把握しても、企業全体で有効な対策を打たないと長時間労働はなくならない。

2)残業申請を提出しても、労働者が申請した時間で仕事を終わらせず、申請以上に残業している。会社側は申請以上の残業をしている事を黙認する。これ、ブラックすれすれ。
 さらに申請以上の残業に対し、会社側が労働者に対価を支払わない場合、ブラック認定。
 労働者は残業分の仕事の対価を正しく受け取れない。会社側は残業代を支払う事なく、労働者から労力を搾取出来る。

3)仕事が佳境に入って激務が予想される場合、会社側は労働者に定時に帰った事にして残業を強いる。これ、ブラック認定。
 当然、残業代はこの世に存在しない事になる。なぜなら勤務表上に残業者はいないから。
 会社側は当初の予算で予算以上の利益を得る事が出来る。その利益は労働者から搾取した労力(支払われるべき残業代)が原資。

 

 以下、ボクが見聞きした長時間労働への会社側の対策(?)
1)深夜残業の代わりに早朝出社。
 ふつう、深夜残業には通常残業にさらに上乗せされて労働者側に残業代が支給される。
 通常、8時間を超える残業には25%増しの残業代。深夜22時以降の残業代には50%増しとなる。
 22時以降の50%増しを2時間支払うより、早朝出社させて25%の残業代を2時間支払った方が会社側はお得。
 かくして、労働者は夜22時まで25%増しで残業して帰宅。翌日早朝出社して25%増しで早朝の残業。
 労働者の総勤務時間は変わらないのに収入(残業代)は減るという、ブラックすれすれ。長時間働いているのに労働者の収入は増えない。
 会社側に言わせれば「コストダウン」という金言になる。

2)残業が多い労働者に強制的に休みを取らせる。
 労働基準法では1日8時間、週に40時間を超える労働は原則禁止されていますが、三六協定なるものがあって、労働者と会社側の取り決めの範囲内で残業を認めさせている。
 しかし、この三六協定の上限を超えそうな残業が発生した場合、会社側は労働者に月の労働時間の上限を上回らないように、強制的に有休を取らせる。これ、フツーの会社。
 有休がない場合、休日出勤した分を平日の代休に充てる。
 しかし、キチンと勤務表上に代休と記録しても、実は出社して仕事してた(させてた)、となるとブラック認定。
 勤務表にない残業がある、ウラに言えば、この世に存在しない残業の成果だけが残り、企業は潤い労働者は搾取されっぱなし。

3)上司(管理職)が残業する。
 世の多くの管理職には残業代が支払われない。実際の労働基準法では、管理監督者=経営者と同等の立場にある人となっているので、部長クラスを指すわけですが、現場では係長・課長がタダ働きさせらています。これ、長時間労働の悪しき一例。
 ヒラの労働者ばかりでなく、ヒラの労働者の穴埋めのために管理職という陰の労働者に長時間労働を強いている。

 以上、ボクが見聞きした長時間労働の実態。まるでグチのようで何も解決策が提示出来ていないのは実感してます。
 実際、常識ハズレの残業を回避するためには、十分なプロジェクト計画・準備と突発する課題に対する柔軟な体制・人員配置
が必要だと思う。けれど、当初の計画通りに仕事は進まないし、納期だけは最初から決まっていて動かしようがない。
 納期に向かってひたすらデスマーチ、というのが現場の実態だろう。
 ボク自身、デスマーチな現場は何度も経験した。深夜残業・徹夜をチームで繰り返すうちに変な連帯感が生まれる。
 「おい、お前の仕事、オレに回せ」
 「え?いいんですか?先輩も忙しいのに」
 「いいからよこせ。今お前に倒れられたら明日からオレが困る」
 「ありがとうございます。お願いします」
 チーム全員がおかしな状態になっていた。残業当たり前、定時帰宅なんて非国民。はい、ブラックすれすれ。
 つまり、ブラックって風土は労働者自身の意識が作る部分もある。
 でも、チームでこなさなければ終わらない仕事。一人の力には認めたくないけれど限界がある。

 常識的におかしいと思ったら、迷わず「おかしい!」と言える勇気。勇気があれば救える命。
 そして、「辛い」と言える勇気。これは弱気ではない。自分を守る勇気です。助けを求めるのは確かに
自分の弱さ、至らなさを認めるようで辛いかも知れない。
 でも、「今お前に倒れられたら明日からオレが困る」と言ってくれる人は必ずいる。
 だから、「お願いします」と一言。

 そして、これが重要。
 一人に仕事を集中させないで欲しい。これは会社側にも労働者たちにも言いたい。独りで悩みを抱え込んで
命を削った仕事なんて悲しすぎる。
 チームみんなで仕事して、プロジェクト完遂の折には、みんなで旨い酒でも飲もう。

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2016年12月27日 (火)

長時間労働・個人的見解

 30代の頃、月に300時間働いた事があります。
 正確には勤務表を300時間までつけた事がある、というだけで実際にはそれ以上働いていたと思います。
 途中で勤務表つけるのバカバカしくなっちゃったんですよ。「なあにやってんだろ?」って。

 300時間という事は単純計算で1日10時間働いて月に30日出勤すれば成り立つ時間です。現実には、1日の拘束時間は10時間以上になるし、月に30日出勤という事は1ヶ月間休み無し。それがどれくらい続いたろう?数ヶ月?半年?ま、結構長くバカげた仕事の仕方をしてました。幸運にも命に関わる事態にはならなかったものの、心身ともに疲弊してギリギリの状態だったと思う。

 で、何故そんな長時間労働の状況になってしまったか?
 当時の仕事はIT関係。職場での立場はリーダー。リーダーゆえに仕事の範囲は現場と顧客との調整やら、当然現場の管理(現場の面倒を見るのはあったり前)やらで広範囲に渡る。
 頻発する問題・課題、迫る納期。今考えてもどうやって乗り切れたのか、正に綱渡り状態だったと思うのです。だから、去年起きた不幸な事件は他人事ではないのです。
 なぜ、あんな事が起きて、あんな事に発展しそうな状況で今この瞬間もこの日本のどこかで誰かが悩んでいる…。

 ボクの場合、長時間労働の原因は主に2つ。
 1つは、減らない仕事量。ま、残業ってぇなぁ個人の能力と仕事の難易度と仕事量のバランスの問題だと思っております。子どもの頃、難しかったりたくさんの宿題にはより時間がかかったものです。オトナになってもそれは変わらん。仕事量が多ければ残業増えるし、難しい仕事には頭抱える時間も長くなる。
 2つ目は納期の問題。明日で夏休み最後、宿題はまだ終わってない。夜遅くまで机に向かって日記をデッチ上げたり(笑)。
 今回の長時間労働の問題は笑いでは済まされないのだけれど。

 でね、特定の個人への長時間労働を軽減させるには、個人の仕事量を減らす=仕事を分担する、ワークシェアリングの発想が必要だと思うのです。そして、無理な納期にNO!と言える勇気というか習慣・企業風土を創る。

 ワークシェアリングと納期へのレジスタンス。

 

あー、無理っぽい。
 ムズカシイよね、今のニッポンでは。
 ワークシェアリングするには人手が必要でそれは人件費の高騰(総額ベース)が必然。
 納期交渉なんて出来ていれば最初から苦労はない。
 この二つの問題をクリアすれば、サービスや製品の価格は上がってアベさんの目論見通り物価上昇の政権公約実現に一役買っちゃう(笑)。

 納期=時間に縛られない働き方の実現。真面目なニッポン人には難しい。時刻表にキビシイ国民性、成果型報酬制度が根付いていない現状。
 いっそ、一億総出来高払い制にしちゃおうか。出来ない奴は食う可からず。
 キビシイなぁ…。

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2016年5月27日 (金)

「還るべき場所」 笹本稜平 著

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 実家を整理していたら、こんなものが出てきた。
 「富士頂上の石 1977 7.27」
 小学校六年生の夏休み、従兄弟家族に連れられて僕は富士山頂を目指した。
 
 五合目まではバスで、そこからは従兄弟家族と5人で富士山を登った。
 五合目付近はまだ、まばらではあったが草木が生えていたように記憶している。
 七合目からは岩場の連続。九十九折りになった登山道をひたすら登る。
 
 40年も前だから、今のような装備もなし、小学生が履く運動靴とタイツとGパンを重ね着しての登山だった。
 八合目付近から、高山病のためか頭がそれこそ割れるように痛む。九十九折りの坂道をひとつ登っては休み。
 また登っては休みの繰り返し。しかし、一緒に上った従妹(小4)は平気な顔してぴょんぴょん登っている。
 ここで泣き言を言っては男の子の沽券にかかわる。それこそ、歯を食いしばって登った。
 不思議と「やめよう」とは思わなかった。
 登り切った先に何があるのかを確かめたかったのかも知れない。
 途中、九合目付近の山小屋で一泊。文字通り雑魚寝。
 登山者同志、頭と足を互い違いにして横一列で寝る。ふつうの状態なら知らない大人たちに囲まれて、不安で寝られるはずもないのだが、
 極度の疲労のため、倒れるように寝た。
 翌朝、まだ夜が明けきらぬうちに山小屋を出発。山頂でご来光を拝むためだ。
 息を切らせ、頭痛と闘いながら足を前に出す。一歩一歩、富士の山を踏みしめて。
 ようやく山頂に到達。それまで持参してきた杖に焼き印を捺してもらう。
 正確には日本最高峰までは行けず、富士山頂の浅間神社に詣でたのみだったけど。
 それでも、「登った!」という充実感がご来光とともに僕の心を満たした。
 そんな標高3,776mごときの富士山と8,000mを超える世界の山々を比べるのは無理があるのだけれど、
やっぱり、登った人にしか分からない事がある。
 時に命の危険まで冒して、地上から遠い神に近い場所を目指す人たち。登るだけではない、生還して初めて成功と言える登山。
 オーバーハングの岩壁、風速50mにもなる嵐、死にも至る高山病。そんな危険を冒してまで行ってみたい場所がある。
 だから、人は山の頂きを目指す。死と隣合わせの生きている証を求めて。
 この「還るべき場所」はそんなクライマーたちの物語。
 山の魅力に取りつかれたクライマーにとって、平地はむしろ地獄で、僕ら凡人が地獄と思える8,000mの高地こそが生きる場所なのかも知れない。
 だから、生きる証を求めて神々に近い場所に還るんだ。
 
 

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2016年5月18日 (水)

デビューは音楽室

  僕のバンドデビューは高校1年生の夏の事でした。
 高校の文化祭で1年生だけのバンド(僕だけ初心者)でステージはなんと、学校の音楽室!
 当時の教室ですから「教壇」なるものが存在していまして、一応客席とステージ(らしきもの)には段差がありました。
 ま、10cmくらいですけど。
Photo
 音響はというと、当時で言うところの「ボーカルアンプ」のみ。ドラムはもちろんギター、ベースもアンプの生音です。
 唯一ボーカルのみマイクで拾ってローランド製の6chほどのミキサー兼アンプで増幅。当然、モニターなんてありません。
 ボーカルアンプの音とそれが教室の壁に跳ね返った音が頼りです。
 ドラムのスネアとバスドラの生音、ギターアンプからの爆音、それに対抗すべく限界までシャウトするボーカル。
 その中で自分のベースはアンプからの音、自らの指の感覚だけがモニタースピーカー代わりでした。
 先輩に言わせれば「モニター欲しいなんて、3年早い」
 それが僕のバンドの原点です。

 だから、今でもライブハウスなどで演奏する時にモニターの音を期待しません。
 僕は歌う(コーラス含め)機会が少ないせいもあるかも知れません。
 それでも、自分の声のピッチは他の楽器や自分のベースの音との対比で計るか、片方だけ耳栓をして骨伝道みたいにして音程をとります。厳密には骨伝道では正しいピッチが得られるか?というと疑問はありますが、あくまで補正の方法の一環として片方の耳栓を使う事があります。
 ベースを弾いていて、アンプの前に立ちベースの音とメンバーからの音との音量バランスに気を配ります。
 ベースアンプの前で、ベースの音が少しだけ聞こえるかな?程度にして、「ベースの音、大きくない?(または小さくない?)」とメンバーに確認します。
 ステージ上でメンバー互いの音が聞こえるか?それだけあれば充分だと思っています。

 各楽器やアンプにマイク、DIを通してミキサーでバランスをとってもらい、外音はオペレータにお任せ。
 もし、モニターがあるなら、ボーカルだけでも返してもらう。僕はアマチュアなので贅沢は言いません。
 必要最小限の機材と環境さえあれば、後は演奏を楽しむのみです。

 時々、「ステージで自分の音が分からない」という意見を聞きます。
 各楽器の音量バランスを整えれば解決するのではないでしょうか?
 メンバー各自が好き勝手な音量で演奏しても、そのプレイヤーは楽しいかも知れない。
 自分の音だけ自分に気持ちよく聞こえればいい。そんな考えでバンドとして楽しい演奏になるでしょうか?
 聴いている人たちを楽しませる演奏になっているでしょうか?
 いつも、高校1年の夏を思いながらステージに立っています。
 成長してません(笑)。

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2016年5月 8日 (日)

冨田勲氏

敬愛する世界のトミタこと、冨田勲氏が亡くなった。2016年5月5日、84歳だという。
 2013年に初音ミクとオーケストラの共演を果たすなど意欲的な活動をしていただけに、その死が惜しまれる。
 僕とトミタサウンドの出会いは「宇宙幻想」(1977年)だった。当時は音楽でも映画でもSFブーム。
Tomita
 シンセサイザーを使用した神秘的で独創的なサウンドは僕を一瞬で虜にした。
 70年代の技術ではシンセサイザーはまだモノフォニック(単音)でしかなかった。それも冨田氏が使用していたのはアメリカ製のモーグ社(moog)製で数千万円もする代物。
 それを冨田氏は自費で購入し、楽器であるという証明をムーグ社から送ってもらい税関を通したエピソードは有名だった。
 そんな時代のシンセサイザーと当時最新のマルチトラックレコーダーや音響機材を駆使し、たった独りで壮大なオーケストラを再現した。
 「再現」という表現は正確ではないかも知れない。世界のどこにもない音世界を創り上げてしまったのだから。
 日本人初めてのグラミー賞ノミネート(日本人初受賞はご存知坂本龍一氏)を果たした、「月の光」、神秘世界から宇宙へと視野をあげた「惑星」。4chを超え、頭上にスピーカーを置くという現代の3D5chに値する「バミューダトライングル」。
 どれをとっても冨田氏のあくなき探求心がうかがえる。
 意外な事に(後から知ったのだが)、冨田氏は映画音楽やTV番組の音楽も手掛けている。有名なところでは手塚治虫氏の「ジャングル大帝」
、山田洋次監督の「武士の一分」やNHKの大河ドラマも冨田氏の手によるものがある。
 富田氏の最大の特徴は、やはりその独創性と構築力だろう。トミタサウンドと評されるそれまでどこにも存在しなかった音を創り上げ、その音で壮麗なオーケストレ-ションを奏でる。
 例えば、ストリングスの音一つとっても、冨田氏は1フレースを音程をわずかにズラして30回程重ね、音に厚みと深みを付けた。
 21世紀の技術からは信じられない根気の要る作業である。それをレコード1枚、約50分もの作品に仕上げる。
 なんという努力。


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